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府中米軍基地跡は心霊スポット?現在の様子や他にもある東京の廃墟を紹介!

府中米軍基地跡は心霊スポット?現在の様子や他にもある東京の廃墟を紹介!

2020.09.26

Trima心霊編集部

東京都内に存在している府中米軍基地跡は、廃墟マニアからも非常に人気の場所です。存在感を放っているパラボラアンテナが独特で、広大な敷地に佇んでいる様子を見ることができます。そんな府中米軍基地跡について詳しく紹介すると共に、都内の廃墟も紹介します!

目次

  1. 都内にある【府中米軍基地跡】の廃墟
  2. 府中米軍基地跡とはどんな場所?
  3. 巨大なパラボラアンテナが目印
  4. 廃墟マニアから人気のスポット
  5. 府中米軍基地跡の様子
  6. 進入禁止の場所だった
  7. 現在は解体されている
  8. 解体後はどうなってる?
  9. 府中米軍基地跡は心霊スポット?
  10. 東京都内には廃墟がたくさんある
  11. 旧相武病院
  12. 旧台東区立下谷小学校
  13. 八丈島オリエンタルリゾート
  14. 旧日立航空機株式会社変電所
  15. ホテルニュー寿
  16. なぜか心惹かれる廃墟の魅力

都内にある【府中米軍基地跡】の廃墟

東京都府中市浅間町一丁目にある、府中米軍基地跡は、京王帝都京王線府中駅を北上した位置にひっそりと存在しています。

府中の森公園の近くにあり、基地跡はフェンスで囲まれています。国有地のため、中に入ることはできません。それでも、その雰囲気からか人気の場所で、多くの人が府中米軍基地跡へ足を運んでいます。

そこへ行くと、まるでタイムスリップしたかのような空気感を味わうことができるでしょう。

府中米軍基地跡とはどんな場所?

府中米軍基地跡は、1939年に旧帝国陸軍燃料廠として設置された場所です。戦時中の航空燃料や、自動車燃料の備蓄基地として使われていました。

終戦後には、通信施設と米軍住宅として使われていました。これが、極東第五空軍司令部・在日米軍司令部です。1965年の東京オリンピックの際は米軍住宅(ワシントンハイツ)の代替地としても利用されていました。

1973年には、通信施設以外の基地が返還され、府中の森公園などができたのです。昼間行くと、とてものどかな場所であることがわかります。

巨大なパラボラアンテナが目印

府中米軍基地跡のほぼ中央には巨大なパラボラアンテナが2つ、北側向きに設置されています。このパラボラアンテナが府中米軍基地跡の目印になっています。

遠くから見てもわかるくらいに大きく、存在感があります。テレビでも取り上げられたことがあるほどです。現在もこのパラボラアンテナが使われているかどうかははっきりとしていません。

ですが、おそらく見る限り使われているような雰囲気はないようです。

廃墟マニアから人気のスポット

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遠くからでも、パラボラアンテナの存在感があり、周りには高い建物がないため迫力があります。そして、近くで見ても廃墟ならではのミステリアスな雰囲気です。

そのため、廃墟マニアの方から人気のスポットになっています。独特の雰囲気の写真が撮れると言うことから、カメラを持った多くの人が訪れています。

全体が錆びている様子や、蔦の絡まる建物は、まさに時間の経過が作り出すアート作品とも言えるでしょう。

府中米軍基地跡の様子

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それでは、現在の府中米軍基地跡の様子について紹介していきます。廃墟は、比較的すぐに取り壊されてしまって、全く別の建物が建っていたり、更地になっていることがほとんどです。

府中米軍基地跡にも様々な噂があります。現在は一体どうなっているのか、真相について触れていきましょう。

進入禁止の場所だった

府中米軍基地跡は、全体がフェンスで囲まれており敷地内に入ることはできません。ですが、フェンス越しに廃墟の雰囲気を見ることはできます。

そして、フェンスの網目からカメラのレンズを覗かせれば綺麗な写真も撮れると言うことで、多くの人が撮影をしに来ていました。

府中の森公園に面している場所もあるので、公園から撮影する方も多かったようです。市街地の方から府中米軍基地跡の様子を見ると、まるで別世界のように見えます。

府中米軍基地跡の様子

府中米軍基地跡には、通信施設跡のような建物が約13棟ほどあり、北側には2〜3階建ての集合住宅が5棟ほど建っていました。

建物の外壁には、まさに廃墟らしい雰囲気で蔦が絡まっています。遠目からでしか見えませんが、きちんと管理されているからか比較的綺麗な廃墟です。

パラボラアンテナのすぐ隣には巨大な電波塔もあり、その電波塔もまた廃墟らしい独特の雰囲気を放っています。パラボラアンテナと電波塔は錆びており、それもまた廃墟マニアから人気のポイントです。

現在は解体されている

府中米軍基地跡は、一時期は解体されると言われていましたが2012年9月に、都市計画の目処がつかないとして、一部は解体されましたが現在も残っている施設もあります。

パラボラアンテナ付近から美術館通りまでの間は、ほとんど手付かずのようです。2019年の7月ごろにも、廃墟マニアの方が訪れているので、まだ現在も解体されたのは一部で廃墟として残っている部分がほとんどのようです。

周りの住民も、パラボラアンテナがシンボルのようになっているので、解体しないでほしい…と言う方がほとんどです。

解体後はどうなってる?

現在も、解体されているのはほんの一部なので、まだまだ廃墟マニアの人も多くの方が訪れている状況です。ですが、もちろん敷地内には立ち入り禁止ですので注意してください。

実際に、解体すると以前言われていたことで、もう現在は更地になっている…と思っている方も多く、現在も残っていると言うことを知って急いで足を運ぶ人も多いようです。

半分は取り壊されていますが、その後は手付かずのままで現在もその後どうするかは決まっておらず、宙ぶらりんの状態です。ですが、急ピッチで解体が進むことも考えられるので、まさに行くなら今がチャンス…と言うところです。

府中米軍基地跡は心霊スポット?

府中米軍基地跡は、完全に廃墟となっているため、異様な雰囲気を感じられる場所です。廃墟は基本的に心霊スポット化しやすいです。

肝試しに来ようとする方や、心霊写真が撮れるのではないかと、廃墟マニアの方以外にも心霊マニアの方が多く足を運んでいます。

ですが、具体的な心霊現象は報告されていません。ただの米軍の基地跡で、何か事件や事故が起こった場所でもないので、心霊スポット化はしていないと言えるでしょう。それでもやはり、夜は不気味な雰囲気なのは否めません。

東京都内には廃墟がたくさんある

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実は、意外と知られていないのですが東京都内にもたくさんの廃墟があります。廃墟マニアの方が訪れたり、心霊マニアの方も訪れるような場所です。

そんな、東京都内の廃墟を紹介します。基本的に、廃墟とは言えどしっかりと管理されているため敷地内に勝手に入ることは禁止されています。

不審な行動をしていると、付近の住民に通報されてしまうようなこともあるので、注意して、マナーを守ってアクセスするようにしましょう。夜間に行く方は、しっかりと懐中電灯などを持っていくようにしましょう。

旧相武病院

東京都八王子市戸吹町にある旧相武病院は、別名サマーランド裏病院とも言われています。現在も残っている廃病院ですが、資材置き場などに使われており、厳重に管理されています。

敷地内に入ろうとして、通報された方も少なくありません。心霊スポットとして有名で、取り壊されない理由のひとつが、取り壊そうとすると事故が起き怪我人が出るからと言われています。

噂ではありますが、女性の霊に首を締められるなどと言われています。廃墟マニアにも人気の場所ですが、安易な気持ちで近づくのは危険です。

旧台東区立下谷小学校

東京都台東区東上野4丁目にある旧台東区立下谷小学校は、関東大震災の復興校として建設されました。1990年には清島小学校と合併したことで閉校になりました。

建物には蔦が絡んでおり、廃墟としての雰囲気は抜群です。現在でも、避難所として利用されたり、台東区役所の職員クラブの方々が利用することもあるようです。

外観を撮影することはできますが、敷地内には立ち寄らないようにしましょう。廃校がそのまま解体されずに残っているのは貴重なので、一見の価値はあります。

八丈島オリエンタルリゾート

伊豆諸島のひとつである、八丈島にある八丈オリエンタルリゾートは、日本三大廃墟とも呼ばれている廃墟マニアの中でもかなり有名な場所です。

1963年にオープンしたホテルで、多くの観光客が訪れていましたが2006年には、経営難で廃業となってしまいました。当時使っていたものがそのまま中に残された状態です。

外観も独特の建物なので、それを一目見よう、写真におさめようと多くの人が足を運んでいます。周辺には遊歩道があり、歩きながら廃墟を眺めることができます。

旧日立航空機株式会社変電所

東京都東大和市にある旧日立航空機株式会社変電所は、東大和南公園の中にある1993年まで使われていた変電所です。戦時中には空襲にも合っている場所です。

そのため、貴重な戦災遺跡として残されています。厳重に管理されているため中に立ち入ることはできませんが、イベントなどが開催される時には内部を見ることもできるようです。

ひっそりと佇んでいる建物は、それだけで雰囲気があり廃墟マニアからも人気です。

ホテルニュー寿

東京都新宿区西新宿4丁目にひっそりと佇んでいるホテルニュー寿は、2010年に廃業となったホテルです。十二社池の周辺に料亭などが多く存在していた場所です。

石段が続いており、どことなく情緒溢れる景色でもありますが、廃墟となっているため夜になるとゴーストタウンのような雰囲気になります。

都心部からすぐにアクセスできる場所なので、廃墟としてはまだまだそこまで有名ではありませんが、気軽に行くことができる場所です。

なぜか心惹かれる廃墟の魅力

廃墟は、一見不気味な雰囲気を感じられる場所なのですが、ノスタルジックな雰囲気が当時のまま残っている場所も数多く、まるでタイムスリップをしたかのような不思議な感覚を得ることができます。

当時の歴史に触れることもできるので、廃墟にはそれだけのロマンが詰まっているものと思われます。そのため、多くの廃墟マニアの方は、様々な廃墟へ足を運び、当時の物を実際に見ることで様々な想いを感じているのでしょう。

廃墟は、解体が決まってしまうとあっという間に更地になってしまうことも多いです。現在まだ存在している廃墟は、まさに今だからこそ楽しむことができる場所です。新たな都市開発も大切ですが、貴重な場所だと言えるでしょう。

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