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貝塚結核病院は大阪で最恐の心霊スポット!現在はレストランに?

貝塚結核病院は大阪で最恐の心霊スポット!現在はレストランに?

2020.09.22

Trima心霊編集部

大阪府貝塚市に存在していた貝塚結核病院の住所や、そこで起きた事件について触れていきます。現在は取り壊されており跡地近隣にはレストランがあります。人気youtuberのsyamuが足を運んだ動画も存在しています。病院には霊安室もあり心霊体験談も多数あります。

目次

  1. 大阪で有名な心霊スポット「貝塚結核病院」
  2. 貝塚結核病院の歴史
  3. 少年保養所
  4. 貝塚結核病院の現在
  5. 貝塚結核病院跡地の場所と住所
  6. 少年保養所跡地のレストラン「森の小径」
  7. 貝塚結核病院の心霊体験談
  8. 「帰れ!」と叫び声が聞こえる
  9. 誰かが2階からこちらを見ていた
  10. 当時入院していた人の情報
  11. 厳重な鍵で子どもたちが隔離されていた
  12. 地下に霊安室があった
  13. 取り壊し前の貝塚結核病院
  14. 昼間でも暗い病院
  15. 手術台や器具が残っている
  16. 人気YouTube「syamu」の貝塚結核病院編
  17. 貝塚結核病院で起きた事件や事故
  18. 本当に怖い廃病院
  19. 小美玉小川脳病院(茨城県)
  20. 盛岡中央病院(岩手県)
  21. 病院は霊が住みつきやすい場所

大阪で有名な心霊スポット「貝塚結核病院」

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大阪には様々な有名心霊スポットがあります。その中でも関西最恐と言われるほど有名な「貝塚結核病院」の歴史について触れていきます。どうして心霊スポット言われるようになったかについても解明していきましょう。

貝塚結核病院の歴史

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貝塚結核病院は、当時結核患者が急増すると予想して大阪府が1939年に開設した国立療養千石荘病院の前身となる病院です。2003年に国立療養千石荘病院は閉院しています。

結核治療の先駆けともなった貝塚結核病院は、開設当時は多くの結核患者が隔離され、そこで若くして亡くなった方も多いと言われています。

その後結核患者は時代と共に減少していき、ガン患者の受け入れであったり、脳卒中患者のリハビリなどに対応していたようです。2003年に国立大阪病院と統合しました。

少年保養所

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当時は結核は非常に恐れられていた病気のひとつでしたが、徐々に少年期からしっかりと治療をすることによって完治することがわかり、結核を撲滅させるために「大阪市立少年保養所」と言う治療施設を1943年に開設しました。

結核だけではなく、小児喘息の治療も行っていました。1948年には、少年保養所付属の貝塚養護学校が併設されました。治療をしながら学業を学ぶことができる施設です。

結核患者が減少していったことにより、大阪市立少年保養所は1994年に閉所し、それに伴って貝塚養護学校も2009年に閉校となりました。

貝塚結核病院の現在

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当時は結核医療の先駆けとなっていた貝塚結核病院ですが、現在はどうなっているのか気になる方も多いでしょう。それでは、貝塚結核病院の現在について解説していきます。

貝塚結核病院の現在

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現在は貝塚結核病院は取り壊されており、跡形もなくなっています。昼間に行くと非常にのどかな場所とも言えるでしょう。

併設されていた貝塚養護学校は存在しているようですが、頑丈なフェンスで囲まれており、入り口や全ての窓などもきちんと施錠されています。

野良猫の溜まり場にもなっているようで、昼間に行くと心霊スポットと言われるような雰囲気は一切ないとのことです。解体工事も特にトラブルなどはなくスムーズに進んだようです。

貝塚結核病院跡地の場所と住所

Holidays Car Travel - Free photo on Pixabay (748656)

貝塚結核病院跡地の住所は、大阪府貝塚市地藏堂1175ですが現在は様々な情報サイトにて非公開となっていることが多いです。

水間鉄道の三ツ松で下車し、そこから東へ約17分程度歩くと到着します。取り壊される前は、病院内にはレントゲン写真などが残っており、かなり朽ち果てた状態だったようです。

なかなかアクセスしにくい心霊スポットが多いですが、貝塚結核病院跡地は比較的アクセスはしやすい場所だと言えます。

少年保養所跡地のレストラン「森の小径」

Dish Restaurant Dining - Free photo on Pixabay (748661)

貝塚結核病院と少年保養所は同じ時期に解体され、その跡地は現在イタリアンレストラン「森の小径」になっています。社会福祉法人のハーモニーファーム野のはなが管理しています。

また、レストランには乗馬クラブも併設されています。元は某ホテルで働いていた経験のあるベテランシェフおり、窯焼きピザが人気でランチの時間には非常に人気で混雑している日もあるのです。

病院跡地にできたレストランと言われることもありますが、あくまでも貝塚結核病院の跡地にできたレストランではなく、少年保養所跡地にできたレストランです。

貝塚結核病院の心霊体験談

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現在は取り壊されており跡形もない貝塚結核病院ですが、当時は最恐心霊スポットとして恐れられていました。そんな貝塚結核病院での心霊体験談を紹介します。

「帰れ!」と叫び声が聞こえる

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取り壊される前の貝塚結核病院は、夜ではなくても非常に薄暗く建物内を歩くのは懐中電灯などがないと、危険とも思われるような暗さでした。

そして、夜に行くと急に「帰れ!」と低い声が聞こえてくることもあり、その声を聞いて走って逃げ出す方も多かったと言われています。

心霊スポットとして肝試しに来る方も当時は非常に多く、「帰れ!」という声は、その場にいた数人グループでも聞こえた人と聞こえなかった人がいるというパターンがほとんどです。

誰かが2階からこちらを見ていた

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霊感のある方が、貝塚結核病院へ行くと病院の2階の窓から男性がこちらを見ているのを確認できる…という体験談もあります。

病院内に入る時にこちらを見ているようで、それが実際の人間なのかそれとも心霊的なものかはわかりませんが、実際に誰かが見ていたとの体験談があるので不気味です。

また「帰れ!」だけではなくて「おーい」などと男性の低い声が聞こえたとの体験談もあります。どちらにしても、男性の霊がいたのでは?と噂されています。

当時入院していた人の情報

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貝塚結核病院に実際に入院していた方からの情報を紹介していきます。ここで実際に治療をして無事退院した方も非常に多く、貝塚結核病院には思い入れがあると言う方もたくさんいます。

それだけ、多くの方の命を救ってきたとも言える病院だったのです。

厳重な鍵で子どもたちが隔離されていた

Key Metal House - Free photo on Pixabay (748683)

結核は当時は非常に恐ろしい病気で、患ってしまうとそれが最期だと言われていました。そのため、隔離をする必要がありました。

もちろん、多くの子供達も隔離されていたと言われており、子供達は勝手に病院外へ出てしまうこともあったため、それを防止するために厳重な鍵で隔離されていたのです。

非常に不自由な環境の中で治療を進めなければいけなかったため、子供達からするとそれだけでもストレスを感じる病院生活であったと言えます。

地下に霊安室があった

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貝塚結核病院の病室は、男女の部屋は別になっているが廊下を挟んで向かい合わせになっているような間取りでした。立派な食堂もあったようです。

そして、地下には霊安室があり、そのちょうど上には広場がありました。実際に入院したことがある人も、怖い経験をしたと発言しています。

どのような怖い体験をしたのかはわかりませんが、普通の病院の雰囲気とは違ったものがあったようです。末期の患者さんも普通の病室で過ごしていました。

取り壊し前の貝塚結核病院

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次は、取り壊される前の貝塚結核病院の様子を紹介します。実際に行ったことがある方は、やはり昼間でも不気味な印象を受けたようです。

廃病院と言うものは、どんな病院であっても心霊スポットになりやすいものです。ただでさえ、無人の病院は不気味に感じます。

そんな雰囲気が建物が朽ちていくことにより、より一層もの重々しい空気感が漂っていたことでしょう。

昼間でも暗い病院

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心霊スポットに行くのは、やはり夜中に行くと言う方が多かったのですが、貝塚結核病院はわりとひっそりとした場所にあるため、昼間に行っても薄暗いです。

そして、建物の中に入ると、懐中電灯がないと歩くことも困難なほどに暗いと言われていました。夜になるとさらに真っ暗になってしまうので、昼間に足を運ぶ人が多かったのです。

確かに、夜に行くと怖さも一気に増しますし、昼間の方がまだ恐怖心もそこまでなく楽しめたのでしょう。

手術台や器具が残っている

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廃病院でよくありがちなのが、手術台や器具などがほとんど残されていると言う状態です。レントゲン写真なども床に散らばっていると言われていました。

そのような、手術台などが残されていることで、さらに病院らしい雰囲気が増しますし、その分恐怖心も増します。また、昼間も暗いため足元に注意して歩かなければ何かにつまづく可能性もあります。

廃墟や廃病院などへ行く時には、しっかりと足元に注意して歩くことがポイントです。内部に入ることはできなかった人でも、外周を歩くだけで雰囲気が楽しめた、と言う方もいます。

人気YouTube「syamu」の貝塚結核病院編

Youtube Iphone Smartphone - Free photo on Pixabay (748807)

「syamu」とはあの人気youtuberのヒカキンも認めたと言われていることで有名なyoutuberです。現在は活動はしていないようですが、このsyamuと言う方が貝塚結核病院へ行った動画が残されています。

真っ暗な貝塚結核病院を数人で歩く様子が見られます。入り口なども非常に雰囲気があり、動画越しにスリルを楽しむことができます。

中は、医療器具なども残されたままになっており、当時の新聞なども床に落ちていたりしています。現在はもう取り壊されてしまったため、非常に貴重な動画だと言えるでしょう。

貝塚結核病院で起きた事件や事故

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貝塚結核病院で、大きな事故や事件は起きていないようですが、心霊スポットとして夜中に病院内に侵入する人は多く、そこでのトラブルはあったようです。

特に、女性が中へ入ると不審者に追いかけられてしまった…など情報があります。やはり、心霊スポットなどに女性が行くことは危険だと言えるでしょう。

本当に怖い廃病院

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心霊スポットとして有名な廃病院は全国にいくつかあります。貝塚結核病院以外の、本当に怖い廃病院を紹介します。

小美玉小川脳病院(茨城県)

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茨城県小美玉市倉数1336に位置している小美玉小川脳病院は、茨城では非常に有名な心霊スポットです。精神病患者の、隔離施設として使用されていました。

窓には鉄格子がしてあり、重々しい雰囲気です。さらには、女性のうめき声が聞こえるとの声も多数あります。地下には浴槽があるが、そこでは死体をホルマリン漬けにしていたとも言われています。

閉院してから30年以上も経っているので、建物は朽ち果てていますし、林に包まれているようです。

盛岡中央病院(岩手県)

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岩手県盛岡市本町通り1丁目に位置している盛岡中央病院は、現在は取り壊されているため跡地がそこにあります。跡地は公園になっています。

ですが、その公園に夜行くと、パジャマ姿の霊がいるなどの声があります。また、公園のベンチに夜座っていると男性のうめき声が聞こえたり、子供の声が聞こえたりしたと言う体験談もあります。

夜中に、この病院跡地である公園に行くのはなかなか危険だと言えます。背中を触られることもあるようです。

病院は霊が住みつきやすい場所

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病院は、基本的に霊が住み付きやすい場所だと言われています。そして、何より廃墟になってしまうとそれだけで不気味になってしまいます。

それによって、心霊スポットと言うことで噂が一人歩きしてしまっていることも多いのですが、廃墟にはどんな霊がいるかもわかりませんし、不審者がいる可能性も高いです。

そのため、軽い気持ちで足を運ばないようにすることをおすすめします。

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